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編集者が編集するのは本だけじゃない! ○○もだ!

ウェブも電子書籍もDVDもCDも編集しちゃうよでもいちばん仕事多いのはけっきょく紙

全米のみなさん「Ponyo」はどうですか。

ウニの造形における最大のチャームポイントは
あのトゲトゲの長さがまちまちなところ、だと思うのですね。
なんでその1本だけびょ〜んって長くなってんだ、
格好悪いし、
そもそも移動するときに折れそうで危ないじゃん。
という感想を他者が持とうが
ま、こういうものなんだよ、と。

そして「クリエイターの才能」を図示すると
やっぱりウニのトゲトゲみたいに、
いびつなものになるのでは。というのが私見。
いわんや宮崎駿という巨大な才能においてをや。

宮崎作品ではあまり評判がよくなかった「もののけ姫」を
私が一貫して支持しているのも
トゲトゲのいびつなことはなはだしく
作品としてのまとまりを放棄するような
破綻もたくさんあるけれど
ただそれ“だけ”のことで
社会主義かぶれの・独裁者だといわれる・ひげのおっさんの
エネルギーは存分に爆発していて、
「ウニとしてさらに大きさくなってる」。
その意味において、宮崎駿作品の王道だと思ったからです。

しかし、結果としてその「もののけ」が
彼のクリエイターとしてのターニングポイントとなり
以降の作品では
あれ? トゲトゲ剪定した?
それともウニ本体の大きさが縮んだ?
ウニではなくマリモのように、より球体に近づいて
「わかりやすくなって」
商品として安定したヒットを記録するようになったものの
もはやトゲトゲは過去のものと認めるしかない、
そう観念していたものでしたが。

というところでの、「崖の上のポニョ」。
なにこれ、この、物語を収束させる意志の無さ!
めちゃくちゃじゃん!
これ、これ、これ。
俺が知ってる宮崎駿はコレだよ、このトゲトゲ。
確かにウニとしてのスケールは
全盛期に比べれば小さくなっているかもしれない、
でもこれは(植物の)マリモじゃなくて(動物の)ウニだよ!

……そんなことは
35年もリアルタイムで接してきたクリエイター、
というあくまでも個人的な思いの集積の問題なんで
「ポニョ」が一個の作品として
この週末の全米公開でどんな評価を受けるのかが気になるのは
また別の話。

シカゴ・サンタイムズのロジャー・エバート評は
次のような一節でしめくくられていて

The English-language version has been adapted by John Lasseter and, believe me, he did it for love, not money. There are so few movies that can delight both a small child and the adult in the next seat. Here is one of them. (英語版の監修はジョン・ラセター。彼が出張ってきたのはギャラのためなんかではなく、ただもう愛情のためであることは明白だ。幼児とイイ大人が隣り合わせの席で同じように目を輝かせて見ることができる映画はそうあるものじゃないが、ここにそのひとつがある)

そうだね、あのハチャメチャ感はむしろ
海外受けするのでは、と思ったりします。
(フジモト役にリーアム・ニーソン、という配役は
オリジナルよりいいかも)