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編集者が編集するのは本だけじゃない! ○○もだ!

ウェブも電子書籍もDVDもCDも編集しちゃうよでもいちばん仕事多いのはけっきょく紙

編集者もタイヘンだ

宇江佐真理の小説が杉浦日向子の漫画を元ネタにしている件は
一度エントリーにまとめて
http://d.hatena.ne.jp/lafs/20090727/1250902315
心の整理はついた・つもりだったのですが
「髪結い伊三次捕物余話」シリーズを
第1作から読み返して、つい気になったので
再度、同主旨/別趣向のエントリー。

のっけから他人様のご指摘引用で恐縮ですが

書庫の彷徨人 -Wandering Hard Hard Diary -
http://wanderer.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-b3c7.html

「護持院ケ原」このシリーズに幻術なんてものが出てくるとは思わなかったので少々面食らう。この幻術使いの鏡泉という名前とか術のイメージはなんだか、杉浦日向子の『ニッポニア・ニッポン』の「鏡斎まいる」の鏡斎に似ている。というか、たぶんよくある挿話で、どちらももともと中国のそういう話がモデルなのかもしれない。

これは伊三次シリーズ第3弾、「さらば深川」の1篇について。

また、同第6弾「君を乗せる舟」には「妖刀」という1篇があり、
これは日向子嬢の『百日紅』其の八「女弟子」と
これまた名作の誉れ高い『百物語』其の七「鰻の怪の話」が
下敷きになっています。

杉浦日向子作品とて、内田百間なり岡本綺堂なり
あるいは江戸時代の黄表紙本なりに元ネタを採った形跡はあるわけで
先人の作品にインスパイアされて
自分流に書いてみたくなる気持ちは否定されることではない。
その結果として、独自の作品になっていれば素晴らしいし
そうでなければ−残念ですな。ただ、それだけ。

そして、上述「君を乗せる舟」
「文庫のためのあとがき」中に
さらっと書かれていること

できの悪い作品も多々あって、読者にも雑誌の編集部にもご迷惑をお掛けしている。この場をお借りして深くお詫びする次第である。

などは、まったく確証もないままに推測すれば
この作家に対してネットでささやかれる、
そうした“盗作疑惑”への小声での回答な気がします。

さて、文春文庫の新刊である第7弾「雨を見たか」にも
百日紅」セリフの引用がある、という前提を踏まえての個人的な感想は
「編集者がそこ、ちゃんと言ってやれや」
ということ。

つまり、宇江佐作品の下敷きになっている杉浦作品について
小説成立の過程で
宇江佐氏がどの程度の影響を受けたか、など
明確な言及をすれば
あっさりスルーされるような問題が
受け止めようによっては“盗作したのに知らんぷり”にもなりかねない。
現在の状況は
入稿されてきた小説を読んだ瞬間に
「これは杉浦日向子さんの○○ですね」
「ちょっとオリジナルに近すぎる描写の分量が多すぎるので変えませんか」
云々、編集者として指摘することで
回避可能なはずなのです。

……と一旦は思った後に、さらに私が思うのは
「いくら編集者だからって
執筆者が元ネタにした作品のすべてを
頭に入れておけるわけがない」
ということ。
そう、かくも編集者とはタイヘンな職業なのですよ。