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宮部みゆき「孤宿の人」文庫化まで4年以上待った甲斐あってたいへん傑作な件。


宮部みゆきの時代小説を語るとき
読者の私の頭に常にあるのは


たとえば人情という概念を小説にしようとするとき
現代日本が背景だとそらぞらしくなってしまう。
人情が最早フィクションの中のものになってしまったから
……という主旨の、作家自身の述懐です。


もう現代モノのフィクションは書きません。
と続いていたはずの発言の出典とか時期は
例によってきれいさっぱり忘れているのですが
「楽園」「名もなき毒」が
その発言の後に書かれていることは確かで
つまり、真正面から受け取る必要はないが
作家が言いたいこともよくわかる、
あるいはその逆もまた真なり。

誤解を恐れずにいうなら、宮部みゆきの時代小説は
“小さな”物語であることを自ら選択していることが多く
−正確にいえば、そういう作品しかこれまではなかった−
てっきり「孤宿の人」も
人と人の間に生まれる物語を丁寧に描いたものなんだろう、と
思っていました。
ええ、単行本から文庫になるまで待っていた
4年半の間、ずっとね
< 文庫落ちまであまりに長かったことを根に持っている


ところがこれ、架空の小藩を舞台にした
“人と人の間に生まれる物語”でありながら
その背景の
封建社会/中央集権制度が抱えるジレンマをも
同時に描き出した、実に“大きな”物語でありました。


念のために申し上げておくと
物語の大小即、価値の高低とは私は思っていません。
徹底して人の哀しみを描いた「龍は眠る」「クロスファイア」などの初期作品群と
「火車」から「理由」「模倣犯」へとつながる、
日本の現代社会の病巣を描いた作品群のどちらが優れているか、
比較なんてできるもんじゃないよ。というのが私の立場なので
「孤宿の人」が
宮部時代小説初の、社会を描いた“大きな”物語であったことよ。
というのは
良い意味で裏切られたー。驚いたー。
と、とにかく言いたいだけなんです。
ま、付け加えさせていただくなら
すげー。傑作だー。待った甲斐があったー。


宮部みゆきコミュニティ内の
作品人気投票的なトピックで常に上位に位置する、
「蒲生邸事件」。
2.26事件という
日本がかつて通過した、歴史の暗い部分を背景にすると
プラトニックな恋愛が実際以上に温かく輝いて見える、
それが人気の秘密ね。などと思っているのですが


「孤宿の人」も構成的には同様で
暗い背景に、ほのかな光が浮かび上がっている・の・ですが
何がスゴイって
その背景にリアリティーを持たせているのが
−江戸時代の実際の事件事象を丹念に追うことではなく−
作家が創造主となって
「丸海藩」という世界を構築するところから始められていること。
そらー連載の途中で
ああもう無理ですやめさせてください、と
宮部せんせが言いたくなった気持ちもわかるわ、と。


ブレイブ・ストーリー」のファンタジー世界には
作家が言いたいこと/描きたいことがまず初めに存在して
そこから演繹的に形づくられた“虚構”のにおいを
(私は)感じるのですが
時代もの書き手としての宮部みゆきの筆力が投入された
丸海藩のリアリティーは
物語を読み終えて、作者が伝えたかったことは何ぞや。
と考えてからはじめて
舞台が虚構であることに思いが至る、という……
総合するに
これまでの宮部作品のすべてが
血となり肉となることで生まれた集大成なのだ!


文庫派です、というのは実は読書コミュニティでは肩身の狭いものなのですが
と最後にボソッとつぶやきますけど
(作家の生活基盤を支える単行本を買わないなんて、という忸怩たる思いとか)
(俺だって早く読みたいよ、というヤツ当たり気分とか)
(でも同じ金を出すならそれで2冊3冊読みたいのよ、とか)

これは待った甲斐が、あったわ。