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編集者が編集するのは本だけじゃない! ○○もだ!

ウェブも電子書籍もDVDもCDも編集しちゃうよでもいちばん仕事多いのはけっきょく紙

時代小説としての「B型平次捕物帖」


フィクションを摂取する行為って、
「非日常世界に自ら飛び込むこと」ですよね。

つまり、慣れてないひとは入口でつまづくし
慣れてるひとは敷居を飛び越していることを忘れる。

オペラとか歌舞伎とか、わかりやすすぎるほどわかりやすい
「とっつきにくい」ジャンルはもちろん
たとえば「小説」だって「アニメ」だって「まんが」だって
その敷居をまたぐことが障碍になることは、ある。


いしいひさいち作品についていえば
そういう意味では敷居がきわめて低めに設定されていて
(簡素だけど特殊な感じを持たせないあの絵柄とか)
(新聞という旧メディアに掲載が可能なのも敷居の低さゆえ)
フィクション世界に飛び込んだことを忘れさせておいてからの衝撃どーん!
みたいな芸風、とまとめることはできるんじゃないでしょうか。


さてそこでB型平次ですお立ち会い。

星新一の時代小説を読んだときに思ったんですが
時代小説を書こうとするあなたが知っておくべき○ヵ条、
とかいうモノが仮にあるなら


・季節を描きましょう
・江戸なら江戸、戦国なら戦国。その時代ならではの風物を作品に織り込もう
・時代考証を確実におこなった痕跡をあえて文中に残すのもいいでしょう


あたりはかなり番号の若いほうに書かれている事柄だと思うんですね。
で、これらの裏返し的な条項も
数字あわせ的に後半にきっと登場してるん。


・季節を描くのは読者が「今はなくなってしまった原風景」を求めていることへの
 回答が時代小説だからです。もしあなたが季節を描かない/描けない場合には
 代用になる何かで「ああ、懐かしい」思いを読者に与えるべき。
 それがたとえ、「となりのトトロ」を見た小学生が「懐かしい感じがする」とかいう
 レベルの感慨であっても、です

・時代背景をそこに設定した必然性を作者なら持っているはずですよね?
 中間管理職の苦悩を仮託しました、とか
 女性はいつの時代だってぜんぶお見通しなんだぜ、とかそういう。
 それを読者にそこはかとなく/しかしちょっと考えればわかるような
 浅いレイヤーに埋めておくことで
 (みごと見破った)読者と
 作者の間で、共犯者体制を築くことができるのです

Wikipediaレベルの時代考証(ぷ)で見破られるようなことを描くぐらいなら
 「いや、日本の江戸寛政年間にこんな史実はなかったけれど」と言い抜ける心構えを
 あらかじめしておかねばなりません

と考えてきて、いしいひさいちの、
自他ともに認める作品群中の最高峰「B型平次」シリーズはどうか。


・季節を描かないかわりに
 「平次」という記号をこれでもかと描くことで
 時代小説門外漢すらも「懐かしい」スタンプを獲得できる

・対象物以外を描くことで対象物を浮き上がらせる手法
 ……とでもいうべきか、
 たとえば「オーソドックスな平次ってこうだろ」と
 読者の脳裏にぼんやりある「岡っ引きが活躍する世界」を
 「違うwwそうじゃないww世界」を描くことで
 明確に読者との共同作業を完遂する

・時代考証? なに野暮いってやんでぃ。
 という装置としての、そもそものB型平次という名乗り

そう。「時代小説を書こうとするならこれは守ろう」
というお約束を律儀なまでに守って描かれている、
それがてーへんだおやぶんなんだってハチちょっとおまえさん!
「B型平次」なのでござる。