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42.女郎蜘蛛


初出:1957年サンデー毎日
参照:朝日文庫版(8)(1981年11月、解説佐藤忠男)
時代設定:1866年3月
 「母屋には誰もいないらしく見えます。これは藩侯が江戸に出ているお供をして主人が不在の...」
 (=播磨龍野藩のスタンスが第一次、第二次長州征討間で
 佐幕から尊皇へ転換することを勘案すると、1865年または1866年)
 「兵庫の方で、二つ三つ大きな仕事を請負いました。それが、みな異人屋敷の普請なんです」
 (=兵庫開港に英仏蘭米各国が肩入れ始めるのが1865年11月)
 「日付は三月二十五日と記してあって、明日にあたる」


女郎蜘蛛という名詞はシリーズ初期にもタイトルとして使われていて、これが二度目。
「3.女郎蜘蛛」は単語の禍々しい印象だけを抽出しているような短編ですが
この「42.女郎蜘蛛」は(女郎)(上臈)という語源複数説を活かすかのように
公家社会のいやらしさが蜘蛛の糸状に絡んでくる様子をゆったり描き切った長編です。

謎の失踪。凶刃に斃れる味方。
鍵はクローズドサークルの内側にある……。
待ち受ける壁を、果たして彼はどう越える?!


俺はこれがわからない。わからないから知りたい。
それは大人の事情でみんながスルーしているところだよ?
って言われても、気になるからちょっと行ってくる!

果敢にアンタッチャブル(=公家社会)へ突っ込んでいくあたり
企業人でないフリーランサー鞍馬天狗面目躍如
ではあるのですが
今回も参照している文庫版の奥付を見るに、初読時13歳だった私は
謎が解決しているにも関わらず
読了後スッキリしなかった、という記憶がしつこく残っていました。

 「真実がつかみにくい。第一、手前などがお話をうけたまわりたくともなかなか近寄りにくいのです。どこへ行っても秘密のにおいがする。(略)素浪人のわれわれには、さぐり出す手段がありません。どんなことも、全部、厚い壁の向こうで起っていることだ」

つまり、鞍馬天狗ががんばったから解決した・というより
悪役が自滅したからたまたま解決した、という
アンタッチャブルは従来通り、不変という点が
気に入らなかったんだな。30年前の俺。

 「杉作」
 と、まだ、成功したうれしさは声に残っていました。
 「おかげで、すこしばかり明るくなったよ」
 「ほんとうですか、先生」
 杉作も、鞍馬天狗の心持を映して、快活な調子でいます。
 「ほんとうなら、うれしいんです」
 「もう一歩、出てみよう。これまで、まるで暗闇で、何があるか判らなかったものが、見えてくるだろうよ」

ことばにそれとは明確に示していませんでしたが、
鞍馬天狗は言外に述べていました。
自滅という形でも、毒素を燻し出すことができたのは
なにかとジタバタして、クローズドな場所の空気をかき混ぜたからだ。

自分の力と限界の双方を正確に把握するのがオトナのし・る・し。

なるほど。
もう一歩、出てみよう。
その「一歩」の意味が分かるようになることが、
歳月の値打ち、なのかもしれませんね。