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37.雁のたより

初出:1953年サンデー毎日
参照:朝日文庫版(6)(1981年10月、解説高橋章子)
時代設定:1864年3〜5月
 「鞍馬天狗は、京にいては身辺が危うくなって江戸にのがれてきた」
 「都の花見なら彼は知っている。江戸に来て見ると...」
 「旦那」と、屋形の外から船頭が声をかけて来た。「よく咲きましたぜ。昨日見たのとは段違いだ」


鞍馬天狗が活躍しているのは歴史上いつのことなの?
という疑問を持ち始めるとけっこうキリがないのですが(経験者談)
明示的に年月日が記されている作品もシリーズ中に複数あります。
ええと、全47作中15作。

文久三年の弥生七日、都を春の花が飾って人の心が浮き立っている頃である 「13.剣侠閃光陣」
・前の年の夏の蛤御門の一戦で 「17.地獄の門
将軍が先月二十日に大阪で薨去して 「24.西国道中記」
江戸城の明け渡しがすみ、西軍が御府内にはいってからというもの 「23.江戸の夕映
・江戸が東京と改められたのが、前の年、明治元年の今時分、七月のことだった 「29.新東京絵図」

というような記述があるパターンですね。
逆にいうと、これといって時代を特定するヒントが無い作品のほうが多い。
たとえば本作「雁のたより」。
鞍馬天狗がはじめて江戸に来た直後のエピソードらしいことが
行間からにおわされますが
だからといって推定しやすいかというと……。

文久二年の八月二十一日のことであった、
と極めて具体的な記述で始まる「26.天狗倒し」は
史実(=生麦事件)に合った形で鞍馬天狗が活躍する、という物語構造を持つ、
シリーズ中でも特異な作品なのですが
つまりそれはどういうことかというと
1862年8月時点で一度、鞍馬天狗は江戸に来ている。


とすれば「雁のたより」は1862年春より前の話?
……と考えたくなりますが、それだと不都合な会話が
鞍馬天狗と吉兵衛の間に交されています。

 「弟とは、どのぐらいの年ごろだ」
 「杉作より二つぐらい上でございましょう」

即ち、鞍馬天狗の出世作「11.角兵衛獅子」に初めて登場する杉作が
既に鞍馬天狗ワールドには存在している。
ではその「11.角兵衛獅子」の時代は?
というと
まずたしかなのが、新撰組結成以後であること。
 新撰組の前身組織が京都で結成されたのは1863年2月、
 新撰組という名称が正式なものになるのは同年8月です。
また、「11.角兵衛獅子」直後を舞台にした作品が存在しており
その「22.幕末侠勇伝」は1864年8月20日の京都を描いています。

となると、物語の時系列は
 「11.角兵衛獅子」1863年8月以降
  ↓
 「37.雁のたより」
  ↓
 「22.幕末侠勇伝」1864年8月以前
でキマリ!
本作は1864年春の出来事と推定可能。
……「初めての江戸」という点を勘案しなければ、ですが。

「初めての江戸」を重視すると1862年春以前となるが
杉作を重視すると1864年春の話になる。
この矛盾を解消する唯一にしてすばらしい解決
本作が鞍馬天狗
「初めての江戸」ではなく
「初めての花見の時期の江戸」である、と解釈することです。

つまり、1862年以前の江戸滞在は春以外のシーズンで
桜咲く隅田川を眺める体験が初めて、という。

いやーこの推定作業、まさに誰得だな。
(もちろんやってる本人は楽しいんですけど)

おお、作品そのものの話をすっかり忘れてた。
シリーズでも一、二を争う愛らしさで描かれるヒロイン、
柳橋の芸者・小吉といい(僕っ娘ならぬ俺女なんですよ)
鞍馬天狗が向かうことになる「敵」の悪い奴ぶりといい
「味方」の老人の颯爽としていることといい
いまもそのエンターテイメント性は不変!
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