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19.雪の雲母坂


初出:1935年講談倶楽部
参照:朝日文庫版(4)(1981年10月、解説小野耕世)
時代設定:1863年3月
 「芹沢は卑怯にもこの場に出て来なかった」
 (芹沢鴨は1863年2月上洛、10月没)
 「雪になるのじゃないか...ひどく底冷えする」


茨城から京都に出てきたのが2月下旬で
新撰組の前身となる団体を立ち上げたのが3月上旬
そこからもうヤリたい放題、っていわれるけど
10月には近藤勇とか土方歳三たちにヤラれちゃう、
っていうタイトなスケジュールですよ。
タイトルが示すような「雪の降る季節に」
鞍馬天狗の怒りを買うような何かをしでかすって
ちょっとどうなの、忙しすぎるんだけど!
と俺が芹沢鴨なら言いたくなる、とは思うんですけどね。

本作の時代設定根拠にもあげた箇所、
鞍馬天狗と決闘する肝心なときに来なかった芹沢鴨”を一例に
橋本治鞍馬天狗論を書いています。

 芹沢鴨は卑怯だったのだろうけれども、ひょっとしたら彼も又、実在の歴史の中で忙しかったのかもしれない。鞍馬天狗は、いつでも“歴史”に声をかけては袖にされる。「やっているな」と思っても、「これで、よい」でも、「また、会えるだろう」でも、結局、虚構の人物・鞍馬天狗は、歴史と関わりを持たせてもらえないままなのだ。(中略。鞍馬天狗は)知性を持ってしまったばかりに、自分が公明正大に活躍出来る歴史的裏づけというのを求めてしまった。
 知性を持ってしまった鞍馬天狗は、うっかりと“通俗”ではなく“歴史”の表舞台に飛び出してしまったのだ。
    橋本治「知性を持ってしまったヒーロー」朝日文庫(2)解説より

大衆小説のヒーローは知性を必要とされない地平で動いていた、
という前提で話が進んでいるわけですが
それをいうなら本作の芹沢鴨を含め
初期の“主人公以外の登場人物”は
残念ながらステレオタイプの域を出てない問題もあるんですけど。

 「ほかの人間ではない。お主の可愛い男じゃ。はははははは。いやに、黙っておるのう。まあ、飲め」

……脇役はツライですよ!
鞍馬天狗にセリフ付きの出番ktkrと思ったらこんな役回りで!