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12.鞍馬天狗余燼


初出:1927〜28年週刊朝日
中公決定版(4)(1951年11月)
時代設定:1868年5〜8月
 「さて、この慶應四年五月、江戸は二色に分けられていた」


最も初期に発表された大仏次郎評伝
大仏次郎−その精神の冒険」(1977)で
著者の村上光彦は
1927年7月24日、睡眠薬自殺を遂げる芥川龍之介
1927年8月7日号から連載が始まる本作の藤懸伊織という登場人物
二者の精神的類似性を指摘しています。


たしかにこの藤懸くん、日記書いてるんだけど、それが

 人は死を恐れる。然し死こそ、この生に対する最も効能ある解毒剤ではなかろうか? 睡りと酔いとが讃うべきものは、その幾分死に似通った性質を持っているからである。自分は考える。一番幸福な人間は、何気なく歩いていて、傍の石崖の崩壊によって突然と命を奪われるというような偶然に恵まれたものだ。しかし、自分がこう考えるのは、やはり自ら手を下すだけの勇気を欠いているからであろうか? 或いは、亦幾分なりともこの生に執着を感じているからであろうか?


っていやいや、これどう見ても幕末のサムライというより
大正の文学青年だろ。


鞍馬天狗まで
かつての彼の仕事で命を落とすことになった武士の娘に
それと名乗ったうえで仇討ちされても仕方ないよねー
とか鬱なことを言い出す始末。


次作「13.剣侠閃光陣」の初出誌を見ていたら
連載初回のあとがきで
作者がこんなことを言っていました。

 今月は短くて申訳なく思います。これは健康上の理由のほかに、今度この新稿を書くのについて、充分用意してかかり度く思ったからで、今月は「鞍馬天狗」の御挨拶とともに作者の御挨拶の意味でこれだけ書くことにしました。次号から事件の本筋へ入るとともに、この快男児の活躍が始まります。週刊朝日に書いた「鞍馬天狗余燼」がやや憂鬱に過ぎたので、作者は本編に依って、昔の明るく快活な鞍馬天狗を書くつもりでいます。


まあ、その“明るく快活な”「13.剣侠閃光陣」は
シリーズ中唯一の未完作に終わるわけです。
この時期の作者のムードをナチュラルに出した本作のほうが
陰々滅滅としつつも
より高いリーダビリティを発揮できたのは
僥倖というよりは、必然でしょう。


そう、作者に代って85年後の読者はこう言いたい。
暗い作品で悪いか!