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10.小鳥を飼う武士


初出:1926年ポケット
参照:朝日文庫版(3)(1981年12月、解説室謙二)
時代設定:1868年1月
 「この一月十二日の朝も、昨日と同じく空は凍てた霧に曇って」
 (「9.御用盗異聞」からの連続性により1868年と推定)


鞍馬天狗シリーズ各作品にはそれぞれ定番の解題ネタがあって
典型例が「29.新東京絵図」の
敗戦後、占領軍下の日本と維新後の旧幕軍を重ねて読む云々のスタンスです。
というわけで本作にも定番解釈あって、それが

 この界隈は本郷台と上野谷中の高地にさし挟まれ、一帯に地の低いせいか、じめじめと湿気を含んでいるところへ、霜解けでぬかるんでいて、歩きにくい。
 両側は、せせこましく立ち並んだ狭い汚ない長屋町で、赤ン坊の火のつくように泣いている家もあれば、なにかとげとげ言い罵っているかん高い女の声のもれて来る家もある。路地の出口に塊って、なにかわいわい騒いでた汚ない子供たちは、二人の足音を聞いて怪訝そうに振返って見た。ことごとく、血色の悪い、目の色のどんよりした鈍い顔つきである。

というシーン。これを受けて鞍馬天狗
明治維新という革命がこの階層の人々に
 果たして何か有効な意義を提供できるのだろうか」
と考えて暗澹となる、という文脈で
引き合いが多い一節です。

さてここに海野弘「秘密結社の時代」(2010、河出書房新社)という
鞍馬天狗シリーズを片っ端から「秘密結社」という視点で読み解く、一種の奇書が。
同書で披露される本作の解釈は斬新としか言いようがなく、
以下「小鳥を飼う武士」レビューというよりは
「小鳥を飼う武士をレビューする海野弘・秘密結社の時代をレビュー」
になってしまいますが、いや、面白いからいいんです、それで。


同書にいわく

・「小鳥を飼う武士」というタイトルがまず怪しい
・なぜなら原題は「怪傑鞍馬天狗 第十二話 東叡落花篇」だった
・殺人淫楽に憑かれた武士というおどろおどろしい内容に
 改題後の「小鳥を〜」は似つかわしくない(キリッ
近藤勇がその(小鳥を飼う武士)羽鳥新之助なる人物を訪ねて
 京都から江戸に“落ちて来た”新撰組の立て直しに協力を要請するのだが
・これは甲陽鎮撫隊の結成をイメージしている

・さらに見逃せないのは、甲陽鎮撫隊編成において
 江戸時代の被差別民頭領・浅草弾左衛門へ協力要請している件
・つまり羽鳥新之助は本書登場時点で
 実は士農工商のランク外の地位になっていて
近藤勇のセリフ
 「幕府存亡の秋だ! できるなら亡者でも死人でもよい、
  働けるだけの人数を一人でも欲しいのだ……」
 が意味するのは、つまり
 階級アップグレードをネタにしたリクルーティングなのである

ぅぉぅ。
そう思って再読してもなんの破綻もないね!

もちろん執筆に際した作者の“真意”は
空想して遊ぶ対象でしかありません。
この解釈が他の(正統的な)解釈を阻むものではない。

ただ、決して同好の士がすごく多い・わけではない
鞍馬天狗シリーズ愛好家にとって
こうした意外な見方の提起は、実に楽しいんですね。