編集者が編集するのは本だけじゃない! ○○もだ!

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5.影法師


初出:1924年ポケット
参照:朝日文庫版(1)(1981年12月、解説福島行一)
時代設定:1867年9月
 「いったい、今日は幾日だと思っていなさる」「八月の二十日だろう」...「そりゃ、昨日だぜ」
 「王政復古の大号令が遠からず出るのじゃ」
 (旧暦8月は新暦9月)

最多助演男優賞の座を杉作に奪われがちですが、
鞍馬天狗といえば切っても切り離せないのが黒姫の吉兵衛。
シリーズ全47作中28作品に登場する彼の
まさに最初の出番が本作です。

 「妙だな、こんな山奥にこんな侍が寝ているなんて……」
 「落武者かな?」
 宗房はこの言葉を聞いて、はっと思ったが、知らぬ顔で転がっていた。すると、別の一人が手を打って叫んだ。
 「わかった。黒姫の親分。こりゃ神隠しにあったんですぜ」
 「ふうむ」

ちなみに杉作の出演回数は13回(「4.女人地獄」に出てくる同名の老人を除く)
長次(1回だけ長五郎)と
その愛人のお兼、お艶、女房のお徳(女房の名前だけもっさりしててドイヒー)
の組み合わせはなんだかんだで15回。
ほらねッ、吉兵衛おじさんがいちばん勤勉なんすよ。


鞍馬天狗というアウトロー
泥棒という、世間の埒外にいる吉兵衛と仲良しなのは至って自然に思えるのですが
デビュー作「1.鬼面の老女」の元ネタ「夜の恐怖 金扇」を移植してきた際
原作主人公の手下にハッチ大尉と名乗る盗賊がいたので
一緒に来ちゃった(はあと)
というのが吉兵衛誕生の理由。とする縄田一男説は
種明かしとして説得力あるし
それによって吉兵衛の価値が増減するものでもないので
そういうことでいいんだと思います。


作者のことばを使うなら
鞍馬天狗と三十年」即ち「吉兵衛とも三十年」なわけで
このおじさん、実にさまざまな姿を見せています。
たぶん人が思うより、ずっと彼は働いてる。


お母さんか! という時もあれば

 江戸に来て、鞍馬天狗は仕事の都合で芝三田の薩摩屋敷に寝泊りすることもあるが、谷中の植木屋の離れを一棟借りて仮の住居としていた。京都からついて来た黒姫の吉兵衛がいっさいの世話をしてくれる。            「37.雁のたより

唯一無二の友人であり

 「吉兵衛、どうやらいまのところお主だけが、俺の味方らしい。まあ、貴様が俺を売ることはないだろう」
 こう言うと、吉兵衛は気の毒になりながら笑って
 「さあ、旦那を売る段となったら、幾らぐらい値をつけましょうかね」
 と、言い、二人は声を和せます。同志でもなんでもない町人のこの男が唯一の味方とは、鞍馬天狗も、あまりに急に事情が一変したのに、驚くくらいでした。
   「18.宗十郎頭巾

スタンドダブルも務めるし

 小舟の上に突っ立って、こちらを見まもっていたのは、頭巾で覆面した武士だった。
  「やあ」
 と、向うから言った。
 「金を頂きに出ましたよ」
 「だ、誰だ?」
 皆、飛び出して来た(略)
 「吉兵衛、もういいから、帰れ」
 「へえ」
 と、小舟の上の武士が、なんと、急にぺこぺこして、いけぞんざいな返事をしたことか。
 「じゃア、お先に、旦那」 
    「21.御存知鞍馬天狗

鞍馬天狗のせいで拷問されたりするのに

 そのとき吉兵衛はまったく独りになった。目の前に燃えている火縄は一尺も残っていない……時間にしてあと五分と残っていまい。いったん火が函の中へ入ったら、そのときこそ、函は滝のように火を吹き出して、一度に怖ろしい爆発が起るのだ。吉兵衛の躯はあおりを喰うだけで宙へ飛ばされ、手も足も胴をはなれて粉微塵となるのだ。
 (消し止めたい)
 身をもがいて、火曜に近寄ろうとするが、手足を縛られた上に縄尻が柱にくくりつけてあった。必死で動かそうとして動けないのだ。脚を伸ばす。口を持って行こうとする。その間にも焔は縄を蝕んでいって、早くも木函の側面に燻りながら近づいている。
    「19.雪の雲母坂

いちばんアレな「29.新東京絵図」では、なんと
匿名の扱い。

  戸を叩くのを聞いて、鞍馬天狗は、自分で開けてやりに立った。合羽を来た中年の町人が、
 「こりゃ旦那」
  と、戸をあけてもらったのに恐縮した様子を見せて入って来て、
 「どうも、遅くなりまして」

これ、吉兵衛さんでしょ。吉兵衛さんだよね!
“中年の町人”呼ばわりって!
名前で呼んであげて!
(吉兵衛という固有名詞を出してしまえば
 泥棒をフレンドリーに描くとはケシカランね、と
 痛くもない腹を進駐軍に探られた挙句
 検閲対象になることが予想できたので、回避したのでしょうが)

初登場時はちょっとコワモテだったけど
杉作との共演をきっかけに“本当は気が優しいおじさん”キャラを加味され
以後、鞍馬天狗とともに東奔西走。

西郷、桂はもとより
勝海舟に手当てされたり山岡鉄舟に気に入られたり
コネクションを駆使すれば
泥棒という前身を隠して維新後、
いっぱしのビジネスパーソンになりすませたはずなのに
“同志でもなんでもない町人のこの男”は
時に傘屋、時に紙屋に身をやつしながら
鞍馬天狗以上に見返りを求めることなく
終始アウトローの姿勢を保ち続けましたよ。
どうですみなさん。

結論。
手に職があると強い(←間違い