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市議会でアツく語られる物故作家■木山捷平

読書

木山捷平短編小説賞(第9回)が決まった、というニュースが届いたので
(=Googleアラートで「木山捷平」登録してる奴)
賞主催者、笠岡市ホームページを見にいったんですが





たっぷり2時間強、熱中してしまいました笠岡市議会会議録

以下、全国100人のファン(同志よ!)にお贈りする
笠岡市議会という公的な場所で
とくにファンというわけではない(と思われる)ひとたちに
町おこし素材のひとつとして語られる、
ぼくたちの好きなマイナー・ポエト、
木山捷平ものがたり。

……言っとくけど、長いです。

■吉井照典君
 木山捷平文学賞の制定についてでございます。
 私は絶えず今までも小野竹喬さんとか、木山捷平さんのこととか、それからまたこれから後ほど触れます森田思軒さんのことなんか絶えず教育委員会の方へやかましく申してきたわけでございますが、小野さんの方はあのように立派な美術館もできましたし、これで増築を市長さんがやっていただければ、これに過ぎたるものはないと思っております。
 しかし、この木山捷平文学賞でございますが、これはまさに時期を得たやり方だと思いまして、市長、教育長に敬意を表します。詩魂を前額部に張りつけていたような人、これ井伏鱒二先生が、この広島県の備後に出た井伏鱒二先生、小説家の井伏鱒二先生がこのように木山捷平文学というものを表現しております。さらにフランス文学者で河盛好蔵さんという、これは評論家がおりますが、この人は捷平さんは不遇な作家だった、あれだけの才能を持ちながら、この作品が正当に評価されることが余りにも遅かったと、非常な不遇なうちに亡くなられたわけでございますが、最近各大学の文学部におきまして、木山捷平を研究するという論文が、レポートが非常に多いということも聞いております。だから、いえば芥川賞の候補にも2回もなった方でございます。こういうことが笠岡の市民の中から出ているということは私は誇りに思っていいと思う。
 その木山捷平先生の文学賞が制定に至るまでの経過というものを一応お知らせ願いたい。特に、これは制定するに当たりましては、我々が幾ら力んでもやはり当家、木山家の考え方がどんなにあろうかということです。一遍ある事情で、私が木山捷平の生涯というて、栗谷川虹さんが実は本を出しております。これは非常に人気のいい本でございます、あれ実は私が橋渡ししましたときに、木山みさをさんから大目玉食らったんです。というのが、やはりそういうふうないろいろのあつれき、誤解がありますんで、だからそういう面やっぱり解消していかにゃいけませんので、その木山家の考え方、どんな考え方でいらっしゃるかいうことも聞かせていただきたいと思います。
 それと、今後のスケジュール、例えばこれからやるとなれば、選考委員、これはもう著名な小説家なんかをお願いせにゃいかんと思うんですが、非常に木山捷平さんはそういう面では愛されておりまして、これはわしがなってやろうという方が案外多いんじゃないかと私は思っておりますが、その方のお名前がもしもわかれば、私はお知らせ願いたいと思っております。

■教育長(仁科一夫君)
 木山捷平文学賞についての4点の質問にお答えいたします。
 御承知のように、木山捷平は昭和初期から戦前・戦後を通じました詩人として、また小説家として活躍され、多くの作品を発表されました。それらの中には、ふるさと笠岡を題材としたものが大変多く、遠くにあっても笠岡を愛し続けておりました。特に、昭和38年、長編小説「大陸の細道」で芸術選奨文部大臣賞を受賞されるなど、文壇で高い評価を受けてこられました。
 そこで、昭和63年に市立図書館の中に、捷平文学コーナーを、また外の玄関脇に詩の碑文を設置いたしました。さらに、新山の生家への案内標識を立てるなど、木山捷平文学の顕彰に努めていることは御案内のとおりでございます。
 平成5年9月の定例会におきまして、同志会を代表して天野議員さんより木山文学賞を設定してはどうかとの御質問に対しまして、クリアしなければならない幾つかの課題がありますが、意義あることでありますので、今後検討を進めてまいりたいと答弁をいたしております。
 平成6年はちょうど捷平生誕90周年に当たりますので、多くの市民の皆さんに郷土の誇りであります捷平文学に親しんでもらいたい、そして笠岡市の文化の底辺を高めたい、この願いから吉井議員さん等の大変なお力添えをいただきながら、平成6年8月に捷平文学特別展及び講演、シンポジウムを開催したところであります。
 続きまして、平成6年9月定例会におきまして、拓世会の吉井議員さんの木山捷平文学賞の制定についての積極的な代表質問に対しまして、先生の偉大な業績を顕彰し、次代へ伝えるということと、市民の文学文化の向上に資するという2つの点で極めて意義あることと考えており、全く同感であります。したがいまして、この90周年記念事業をさらに発展させ、文学賞を具体的に検討してまいりたいと答弁をいたしました。
 そこで、ことし平成7年に入りまして、具体的に文学賞を実施している先進地等への視察調査に入りました。さらに、木山家へもこうした取り組みを検討したいということを協議しながら、本議会への条例制定及び予算化の提案という運びとなったものでございます。
 なお、木山捷平文学を1人でも多くの市民に理解していただくために、過去において笠岡市市民大学講座での講演会を行ったり、本年3月14日、もうすぐですが、3月14日には中央公民館におきまして、「私の著書『木山捷平の生涯』を語る」の演題で、先ほども話しに出ました栗谷川虹先生を講師として、文芸講演会を行うことにしており、多くの市民の参加を呼びかけているところでございます。
 次に、木山家の考え方はどうかとの御質問にお答えします。
 昨年3月に木山家を訪れ、笠岡市として木山捷平文学賞を全国規模において取り組む意向を伝えましたところ、「昨年の90周年記念事業、文学賞設置の計画など捷平に寄せられる郷土の方々、とりわけ市当局の御芳情に深く感謝しております。文学賞の設置につきましては何も異存はありません。大変ありがたいことに思います。遺族としてできるだけの協力をいたします。」との考え方をいただいております。
 次に、今後のスケジュールにつきまして、できれば選考委員の氏名を発表してほしいとの御質問にお答えいたします。
 笠岡市文学賞の円滑な運営を行うために、運営委員会を次の4月に設置いたしまして、募集要項、選考委員、予備選考委員の決定をいただき、平成9年1月末ごろまでに受賞作品を決定し、木山捷平生誕の月であります平成9年3月に第1回の授賞式を行いたいと考えております。
 なお、選考委員の氏名についてでございますが、文学賞は仰せのとおり選考委員によってその賞のイメージが大きく左右されます。本賞が全国的にも素晴らしい賞と認知される意味合いから、現在選考委員につきましては中央で知名度の高い作家、文学評論家など、慎重に検討している段階でございます。なお、委員の決定につきましては、4月発足の運営委員会で協議することになっております上からも、現時点におきましてはまだ内定というところまできておりませんので、御理解をお願いいたしたいと思います。
   平成8年第1回3月定例会-03月05日-02号

ちなみにここで吹かれた
「選考委員につきましては中央で知名度の高い作家、文学評論家」
というラッパがどうなったかというと。

■教育長(仁科一夫君)
 3月の定例会におきまして、木山捷平の業績をたたえるとともに、市民の創作活動を奨励して、市民文化の向上に資するという目的で、笠岡市文学賞の制定をいただきました。この条例は8年4月1日から、木山捷平生誕100周年の平成17年3月31日までの時限の条例となっております。笠岡市文学賞は、木山捷平文学賞として小説部門、全国対象と、市民を対象、これは小学生以上でございます、とした市民の詩の賞、詩賞の2種類としております。
 (中略)まず、小説部門木山捷平文学賞でございますが、これは、推薦方式をとっております。6月中をめどにしておりますが、この、出版社、新聞社等への推薦依頼を行いまして、11月末に推薦作品の集約をし、12月より選考に入り、平成9年2月上旬頃選考委員会を開催しまして受賞作品の決定を行い、そして、捷平の生誕月であります3月に表彰式を実施することにいたしております。選考委員といたしましては、作家三浦哲郎氏、文芸評論家の秋山駿氏、文芸評論家の川村湊氏の3氏を決定しております。文学賞の価値は選考委員さんにかかわることも大きいわけでありまして、三浦氏は御承知かと思いますが、芥川賞野間賞初め、全国規模の文学賞すべての、作家としての受賞者であります。また、現在芥川賞野間賞、川端賞等の選考委員も務めておられます。そして、秋山、川村両氏も作家として、また文芸評論家として全国的に活躍され、多くの新聞紙上に現在も載っておるわけであります。(中略)特に本年は、第1回目の文学賞の取り組みでありますので、市民を挙げて皆様方の御協力をお願いしたいと考えております。何分の御支援をよろしくお願いいたします。

   平成8年第4回6月定例会-06月19日-02号

文学賞の価値は選考委員さんにかかわることも大きいわけでありまして、三浦氏は御承知かと思いますが、芥川賞野間賞初め、全国規模の文学賞すべての、作家としての受賞者であります。また、現在芥川賞野間賞、川端賞等の選考委員も務めておられます」
うむ。
三浦哲郎なら、まあ、あれです、威張っていいと思いますね。
なにしろ

■岡田伸志君
 このたびの第1回木山捷平文学賞の受賞式が8日に笠岡グランドホテルで行われたようでありますけれども、受賞作「遠き山に日は落ちて」の作者佐伯一麦さんは「地方で活動している私に地方都市の笠岡市から、しかも木山さんの文学賞をいただき大変うれしい。この文学賞を大事にしてマイペースで頑張っていきたい」とあいさつをされた記事を読んだわけでございますが、受賞が決定した直後にも新聞で教育長から受賞の知らせを受けた日は心配していた娘さんの高校推薦入試合格の電話が入ってきた喜びと重なって、「僕にとって娘が宝物のように笠岡の皆さんも木山文学を宝物にしている、そんな思いの深い賞をいただいた喜びが今じわじわと心に広がっています」と前置きをされながら、「仙台に住む僕を笠岡の人が認めてくれた。東京に向けての発信ではなく、地方が地方を評価してくれたのがうれしい」と喜びを語っておられた新聞記事を拝見をいたしましたが、このことは渡邊市長がいつも言っておられる、笠岡を情報発信の基地にして笠岡市の活性化の一助にしたいと言っておられる目的に、また大きな前進をしたことになったと御同慶に存ずるところでございますし、さらに市民の詩賞に入選された大塚さんを初め皆さんに心からお祝いを申し上げたいと存じます。
   平成9年第1回3月定例会-03月12日-02号

1回目の受賞者が佐伯一麦
彼は
時限立法の期限が切れて
木山捷平文学賞が消滅することになった後に出来た、
木山捷平短編小説賞の選考委員をいまなお務めているわけです。

ローカル文学賞
1回目に選んだ作品の作者と
かくも幸せな結びつきを持てる例は
珍しいものではないかと。

■天野喜一郎君
 第1回木山捷平文学賞は、「遠き山に日は落ちて」の佐伯一麦さんが受賞されました。その後、6カ月を経過しておりますが、笠岡市内外においてどのような波及効果があったかお知らせ願いたいと思います。
 木山捷平のすぐれた業績を顕彰するとともに、文学の振興及び豊かな芸術文化の高揚を図ることを目的とした文学賞であります。しかし、第1回目の記念すべき笠岡文学賞にもかかわらず、どうも笠岡市民の中に浸透していないように思えるのであります。1回目でありますので、笠岡市外への情報発信とまでは行かないまでも、市内においては何か手ごたえが欲しいものであります。
 図書館で調べましたところ、受賞作「遠き山に日は落ちて」は19回の貸し出しということであります。19回、6カ月ですから、10日1人が借って4の四六、二十四、24回ぐらいは借ってほしい。本屋さんで調べましてもさほど売れてないようです。何か寂しくなるような現状を聞き、成果が上がってないのではないかと思えるのです。せめて、高等学校を通じて高校生には読んでもらうとか、何かの手段があったのではないかと思うのであります。今の現状を見ていると、何の目的も持たない飾り物の文学賞になってしまうおそれがあるような気がいたします。笠岡市のステータスシンボルだけの文学賞ではなく、実のある文学賞にしていくためにも、その後の成果と今後の目的達成のための施策をお聞きしたいと思います。

■教育長(仁科一夫君)
 文学賞につきましては、木山捷平の業績を顕彰し、市民の創作活動を奨励するという目的で平成8年3月に制定され、本年3月に御指摘のように第1回の贈呈式を行いました。受賞作は、たびたび出ておりますように宮城県に在住する作家佐伯一麦氏の「遠き山に日は落ちて」という作品でございます。蔵王のふもとに住む作家と新妻とのつつましやかでしかもすがすがしい暮らしを描いた私小説で、選考委員の一人、秋山駿氏からは、「人間味があり、ユーモアがあり、木山文学にある生への真率さ、きまじめさが作品の根底に流れている」との評価をいただいております。
 御質問の市内外への波及効果でございますが、一口には申せませんけれども、この文学賞の制定の前後から木山捷平を積極的に再評価する動きがございました。作品のほとんどが文庫化され、読者層は若い女性にまで広がっているとの関係者の声を聞いております。静かなブームとなっていると思っております。
 また、この9月には大手出版社の月刊誌で特集が組まれるなど、こうした中で文学賞とともに笠岡の名前が1回目なりにアピールできたものと考えております。
   平成9年第5回9月定例会-09月18日-02号

ちなみに
「この文学賞の制定の前後から木山捷平を積極的に再評価する動きがございました。作品のほとんどが文庫化され、読者層は若い女性にまで広がっているとの関係者の声を聞いております。静かなブームとなっていると思っております」
ってありますけど
木山捷平が「静かなブーム」になった話は
寡聞にして私、存じ上げませず。

ついでにいうと
ちょうどこの頃
木山捷平の詩をピアノの調べに乗せてという事業」が
市の「まちづくり元気笠岡まちづくり支援事業」として
補助金ありきで開催されて
「ソフト事業の50万円をもらって、興行師にもうどんと預けて何か適当なことをやって、それなりにお客を集めたらそれで事足りるのかという、そういう素朴な疑問がわいたわけであります」
というような議事録もありましてね。
ドサクサに乗じた金額として、なんかほほえましい。

■天野喜一郎君
 昨日、第3回木山捷平文学賞、市民の詩賞の贈呈式が開催され、木山捷平文学賞には柳美里さんのゴールドラッシュ、市民の詩賞には増成順子さんが最優秀賞として選ばれ、表彰をお受けになったわけであります。
 木山捷平文学賞も第3回目を迎え、定着しつつあり、文学の更新、木山捷平の業績をたたえ、顕彰するとともに芸術文化の高揚を図るという目的が果たされつつあると思われます。今後、さまざまな波及効果に期待を寄せるところであります。しかしながら、図書館内における木山捷平コーナーを見ますとき、どうしても文学賞制定の作家として見物をするせいか、文学賞自体も少し軽く感じられるわけであります。これから先、規模、質ともに充実を図っていくべきではないのかと思うわけです。これまでの答弁では木山捷平、森田思軒は生涯学習センターが建設の折、その中に設置するとのことでありましたが、現在の財政の状況を見る中で、生涯学習センターがいつの時期に建設されるのか不明瞭な今、センターが建設されるまで現状のままではいかがなものかと考えるわけでございます。文学賞に似合った木山捷平コーナーのより一層の充実を図っていかなければならないと思うわけです。現在、図書館自体が手狭になっている状況の中、あるいは森田思軒コーナーの充実とあわせて市民会館の1室をこの2名の方の、お二方の展示室に当ててはどうかと、あわせて木山捷平、森田思軒研究充実のために専従職員を置いてはどうかと考えますが、教育長はどうお考えかお尋ねをいたします。

■教育長(安藤伸吾君)
 木山捷平文学コーナーの施設設備に関する御質問でございます。
 お尋ねのように、この施設は昭和63年に捷平先生の没後20年を記念いたしまして、その業績を顕彰するために、御遺族の全面的な御協力を得て図書館に開設をいたしました。以来10年間を経過いたしまして、図書館を利用される市民を初め捷平文学の研究に役立つなど多くの方々に御利用いただいておるのが現状でございます。将来は、生涯学習センターに郷土出身の文化人である森田思軒先生とともに展示室を整備するということを考えておるわけですが、なかなかこの実施年度について健全財政化の最中にあることでございますので、将来の課題ということになっております。
 そこで、その間の施設整備の拡充をしてはどうかと、こういう御意見でございますが、結論から申し上げますと、当面は現状の施設を継続していきたいと、こういうふうに考えております。
 既存の施設の利用、例えば市民会館に整備するということにつきましても考えてみましたが、図書館の施設と分散することになり、利便性においてどうかなあというふうなことも考えられますし、それから管理体制というふうなことも必要でございますし、将来構想実現までの代替施設ということで、整備費の二重投資というようなこともどうかということも考えられますし、そういったような課題が考えられます。しかし、郷土の偉人の業績を顕彰するということは地域文化のために非常に大事なことでございまして、市民の精神のあり方を豊かにしていくということであります。これを援助していく行政の姿勢というふうなものは重要だということは痛感をいたしております。
 御提案につきましては、地域独自の文化の創造を進める上で、積極的な方策と受けとめておりますが、今後生涯学習センターが具体化するまでの間、現在の施設の拡充整備につきまして、候補となる適当な場所や施設について模索をしてまいりたい、それから顕彰事業の充実にも努力してまいりたいと、こういうふうに思っております。
 それからまた、専従につきましては財政的な問題もございますので、今後検討の資料と、課題ということにさせていただければありがたいというふうに思います。
   平成11年第2回3月定例会-03月08日-02号

長々と答弁されていますが
要するに
「ちゃんと展示しろ」
「そんな金はない」
というやりとり。

■角田訓也君
 明治以降の笠岡出身の三大偉人として、小野竹喬、木山捷平、森田思軒が位置づけられております。広辞苑をめくってみますと、森田思軒は新聞記者、翻訳家で備中笠岡生まれと記され、また、小野竹喬は日本画家で岡山県生まれと記されております。木山捷平は残念ながら広辞苑には掲載されておりません。明治以降の笠岡出身の三大偉人として木山捷平広辞苑に掲載されることを願っております。
   平成11年第2回3月定例会-03月09日-03号

……市議会ってこういうことも言う場なのねえ。

■馬越裕正君
 ふるさと教育についてですが、けさの山陽新聞木山捷平の「尋三の春」という短編小説が中国の上海の教科書に載ってるとの記事がありました。もちろん上海で子供たちに教えているからといって、それがどうしたと言われればそれまでですが、笠岡市民として素直に喜んでいいのではと私は思ってます。
 そこで、教育長にお尋ねします。今、週5日制となり授業時間が減っている中で、笠岡の地元にゆかりのある人物などをどのように教えているのかをお尋ねします。木山捷平については、新山小学校では副読本があるそうですが、実際の活用の現状について、またほかの学校ではどうか。カブトガニでは、以前は図らずもなぜか国語の教科書に載っていたそうですが、今はどのように教えているのか。芸術の小野竹喬、また地理の津雲貝塚遺跡などはどうか。ほかにもいっぱいあると思いますので、基本的な考えをお聞きします。

■教育長(安藤伸吾君)
 議員さんが御指摘されましたように、郷土に誇りを持つ子供を育てるということは、教育委員会といたしましても非常に大切にしてまいりたいと考えております。それぞれの地域の特性を生かした学校教育を進めていくよう、各学校にも指導いたしているところでございます。
 また同時に、視野を広げて笠岡を意識した教育活動を展開していくことも必要なことと考えております。現在、市全体のことを取り上げての学習は、小学校の3年生、4年生の社会科の時間で行われております。それらの授業では、「わたしたちの笠岡」という副読本を使用しております。これが「わたしたちの笠岡」という副読本でございます。これは144ページございますが、その中では地域の発展に尽くした人といたしまして、入江新田などの干拓を行った鳥越新矢衛、敬業館の初代教授の小寺清先、北木石の畑中平之丞、いも代官として有名な井戸平左衛門、また森田思軒、小野竹喬、木山捷平などが取り上げられて説明がなされております。この冊子は笠岡市内の小学校の教員が中心となって編集をいたしたものでございます。
 社会科以外につきまして少し詳しくお話を申し上げますと、議員さんが言われましたように、新山小学校には平成3年に木山捷平の「尋三の春」を特別に冊子にしたものがございます。これがそのものでございます。子供たちが使うということで非常に頑丈につくられておりますが、図書室において郷土出身の木山捷平について子供たちに紹介をいたしております。

   平成14年第6回12月定例会-12月06日-02号

自分が木山捷平を読むようになったきっかけが
国語の教科書だったこともあって
地元ならではの話でイイね! とは思いつつ
小学生に響くんですかね「尋三の春」。

■角田訓也君
 続きまして,文学賞について質問をさしていただきたいと思います。
 文学賞木山捷平文学賞と市民の詩賞の2つがございます。御存じのように木山捷平文学賞,第1回目平成8年の受賞作品が「遠き山に日は落ちて」,2回目が「峠の棲家」,3回目が「ゴールドラッシュ」,4回目が「魂込め」,5回目が「イギリス山」,6回目が「猫の客」,7回目昨年が「光る大雪」ということで,ことしが8回目ということになります。そして,もう一方で市民の詩賞,この2つがこの文学賞になるわけですけれども,この市民の詩賞,平成8年度に始めまして,スタートした時点で,小・中学校の応募作品数が259編が平成15年度には1,540件と実に5.94倍というふうになっておりますし,高校,大学,一般の部で平成8年度が309作品から平成15年度は1,699作品と,これも5.49倍というふうに,毎年毎年応募作品がふえているという現状であります。これに伴う予算の方ですが,平成8年から14年度まで平均いたしまして,1年間で平均716万円の執行をいたしております。当然2つの文学賞の中,木山捷平文学賞が占める部分が予算的には多いだろうというふうに思うわけですけれども,この文学賞条例を見ましたならば,平成8年から9年間の限時法,いわゆる時限立法で,平成17年3月31日にその効力を失うというふうに記されております。
 ここで質問に移ります。まず第1点目,平成16年度が最後になるならば,私はそれなりの記念的な事業というものを考えていいんじゃないかなというふうに思うわけですけれども,そのあたりのお考えをまずお尋ね申し上げたいと存じます。
 そして,平成17年度以降というものはどのようにお考えなのか,お尋ねしたいと存じます。
 そして,3点目,今までの文学賞の受賞作品のPRが私は不足しているように思うわけであります。これらはホームページ上等でも積極的に公開して,PRをしていく必要があるように思うわけですが,そのあたりのお考えをお尋ね申し上げたいと存じます。
 そして,今までの木山捷平文学賞の受賞者に対しまして笠岡を題材にしたような文学作品をお願いすることが一番いいのですけれども,せめて笠岡の感想コメントでもお願いするようなことはできないものか,お尋ね申し上げたいと存じます。

■教育長 安藤伸吾君
 文学賞につきましてお答えをいたします。
 御質問の第1点目の最後の記念的な事業についてでございますが,笠岡市文学賞運営委員会には元文芸の出版に携わられた専門知識を有する委員もいらっしゃいます。この運営委員会に記念的な事業について提案し,そして御検討をいただきたいと考えております。例えば選考委員の方に表彰式後,第1回からの受賞者のその後の御活躍などについて御講演をいただくことも一案ではなかろうかと思っておるところでございます。
 次に,2点目の17年度以降でございますが,全国各地で刊行されたすぐれた文学作品から選考される木山捷平文学賞は16年度限りといたしたいと考えております。市民の詩賞は笠岡市に在住,在学,または勤務地のある方を対象にいたしまして,詩のほかに,新たに短歌,川柳,随筆など,他の部門も含めまして,新しい賞を設けたらどうかというふうに考えておるところでございます。市民の詩賞選考委員会,文芸笠岡編集打ち合わせ会議の中でも,せっかくやってきたんだから途切れることはどうかという意見もいただいており,今後広く意見をお聞きしながら進めてまいりたいと考えておるところでございます。
 次に,3点目の今までの木山捷平文学賞受賞作品のPRでございますが,作品の概要,受賞者の略歴,選考委員などを今後笠岡市のホームページへ掲載してまいりたいと思っております。
 次に,4点目の,受賞者に笠岡を題材にした文学作品,またはせめて笠岡の感想コメントでもという御質問でございますが,受賞者は一流の作家ばかりで,なかなか難しい面もあるのではなかろうかと思っておりますが,トライしてみたいと考えております。

   平成15年第7回12月定例会-12月08日-02号

「受賞者に笠岡を題材にした文学作品」
またはせめて
「笠岡の感想コメントでも」
ってのはしかし
ローカル文学賞の周辺を小説にしたら
間違いなく出てきそうなセリフですよね。

■総務文教常任委員長(馬越裕正君)
 去る9月24日の本会議におきまして,総務文教常任委員会付託されました請願第5号木山捷平文学賞継続に関する請願書の審査結果について御報告いたします。
 審査結果は,お手元の審査報告書のとおり採択でございます。
 審査の経緯を申し上げます。
 請願第5号に係る委員会は,去る9月27日に第1委員会室で全委員出席のもと開催し,執行部からも教育長を初め,多数出席していただき,まず紹介議員から説明を受けた後,審議いたしました。
 教育長からこの問題について,見直しは予算を理由にしたものではなく,今後は作家個人を顕彰するものではなく,広く市民向けに6から7分野で「笠岡市木山捷平文学選奨」のような形態で継続し市民への文学振興を図りたいとの説明を受けました。
 また,市の事業評価委員から,「文学賞自体には賛成であるが民間の援助で行うべきものである。継続するなら2~3年に一回が適当ではないか。笠岡市を舞台とする作品であることを条件にしたらどうか。」などの意見があったことが紹介されました。
 それでは,審議の途上において委員からございました意見を申し述べます。
 「これまで全国へ向けて情報発信してきた。成果があって見直しというのはどういうことか。考え直してもらいたい。」また,「今まで蓄積されたものが水泡に帰すことになるのではないか。教育文化予算は市民の文化程度を測るバロメーターであり,一定レベル以下になることは問題である。笠岡市出身の木山捷平の名を知らしめることで市の子供たちの学力維持向上に資することができるのではないか。」
 以上でございます。
 このような審議を経まして,採決の結果,お手元の審査報告書のとおり全会一致により採択という結論に至ったものでございます。
 簡単ではございますが,委員会審査報告とさせていただきます。

■山本俊明君
 木山捷平文学賞に関する請願を支持し,賛成する立場に立って討論を簡単にさせていただきたいと思います。
 木山捷平文学賞は御存じのとおり,文学を通じ笠岡の文化向上を願う多くの市民の強い期待にこたえて8回が実施され,着実に成果を上げてきたことは先日の総務文教委員会の教育長の成果があったという答弁にも代表されると思います。
 しかし,本年度の条例の失効とともに廃止の方針が打ち出されるということになります。
 教育長さんは,総務文教委員の質問に対し,今も委員長報告にもありましたとおり,木山捷平文学賞の継続に対し,「財政事情ではない。」と繰り返しおっしゃっておられます。この気持ちは本当に大切にしなければならないなあ,このように思います。
 木山捷平は安定した教員という生活を捨てて強い文学の志を立てて,単身笠岡の地から東京に出てその活動を続けて,多くの文学的な評価を得た。こういった心を大切にして,やはりこの木山捷平文学賞は笠岡から末永く全国に発信すべきものである。このように思います。
 先日,賛同する方の一人から,「こういうものは山本君,息の長いものでなければならない。仮に長くても猫の目のごとくくるくる変わったのでは,その評価が本当に意味するところにいくのかなあ。」こうも申されておりました。「我々は長くは生きられない。あなた方が受け継ぎ,さらにその後生が受け継ぐ。この心を大切にしてほしい。」こうも申されておりました。
 こういった木山捷平文学賞が,この請願のとおり全国発信に向けて,現在のままで受け継がれて続かれることを期待いたしますとともに,私が時々見るんですが,NHKの水曜日の9時過ぎから始まる,松平さんという方が案内する「そのとき歴史が動いた」という放送がございます。笠岡の文化,文学,そういう歴史をひもとくときに,まさに今日このときは笠岡市の文学,文化の歴史が動くその瞬間であると言っても過言ではないと思います。そのことを申し上げまして,私はぜひこの賞が末永く継続されることを願って,賛成の討論といたします。

   平成16年第5回9月定例会-10月08日-06号

この経緯は、もっと知られていいと思うの。

■馬越裕正君
 私も何回もこの情報発信,受信に関しましては質問した経緯がありますので,私の反省も含めて今の御答弁を感じてるのが,情報発信と受信が表裏一体と言いながら,発信のほうばっかりが重点を置いてるように,私はきょうの御答弁では感じました。へえで,なぜこのそういう話をするかといいますと,実はきょうの朝の山陽新聞に「表現者はいま」という「東日本大震災1年」というとこの記事で,小説家木山捷平短編小説賞選考委員佐伯一麦さんの記事が大きくありました。そん中で,御本人の言葉ではなくっても笠岡という単語が実はありました。私は,これは私だけかもわかりませんけども,笠岡という単語を見るだけでも非常にありがたいというか,そういう思いをしてるからきょうこういう質問をするんですけども,そういう,例えば佐伯さんに対して,今まで笠岡に対してこんなことをどう思ってるかとかということを書いていただいたり,私の最終的な理想は,笠岡をテーマに短編小説なりを書いてほしいというのが一番の理想なんです。それは置いといて,たまたま1週間前に吉野さんの表彰もされました。そういう,吉野さんとか今まで受賞された方々に笠岡について何かコメントを書いていただいてそれを市民の皆様に情報発信されているのでしょうか,まずそれをお聞きしたいと思います。

■教育長(淺野文生君)
 木山捷平文学選奨について,私もけさ新聞記事を目にいたしました。それで,今回受賞されました吉野さん,吉野さんのは,実は神奈川県の横浜市,金沢区でございます。うちの担当のほうが金沢区のタウンニュースというのを取り寄せておりまして,そこへ顔写真と笠岡市木山捷平文学選奨といった事柄が取り上げられておりまして,もう吉野さんと話をする中で,市民の,金沢地区の方ですよね,その方のちょっと少し有名になってしまったというようなお話も伺いました。
 それから,これは表現者の意思にかかわるものでございますので,軽々に話は進められませんけれど,一応ちょうど御夫婦でいらっしゃいましたのでいろいろお話をする中で,笠岡の歴史であるとか,あるいはそれぞれの島が持っている特性であるとか,いろいろ文化的なことがあるんですよと,一度御夫婦でいらっしゃってください,学芸員のほうが御案内しますよというようなこともお話をしながら,奥さんも,私は知らなかったけれど,すてきな町ですねえというお話もいただいております。だから,そういうようなやりとりの中で,私も一つぜひ,随筆とかあるいはエッセーとかそういったものを,書く機会がございましたらぜひお願いしたいというような事柄も述べております。やはり,いろんな機会をとらえながらそういう情報発信をし,向こう,表現者のほうがどういうような思いを持っておられるかということも受信しながら進めていくのがいいのかなあということを感じております。

■馬越裕正君
 ありがとうございました。私は,実は今回のこの質問をするに当たりましては,実は個人的なあれですけども,私佐伯一麦さんという方が大好きでして,ほとんどの本を読んでるんじゃないかと思うんですけども,そん中のエッセーの中で,やっぱり,一言はやっぱり笠岡という単語が出てきたとこがあります。そうすると,やっぱりうれしいですし,やっぱりよその人からの笠岡のイメージあるいはよその人に対する笠岡の魅力を発信することによって,一人でも笠岡のファンになってくださる人をふやすという意味も含めて大事じゃないかという気がしております。

   平成24年第2回3月定例会-03月09日-03号

接続詞「へえで」に目を奪われますが
ローカル文学賞として
やれることやっとる感は印象に残ります。


木山捷平の名を冠した文学賞の受賞者が驚くほど出世する可能性、は
出来あいの作品から選んでいた「文学賞」が
公募による「短編小説賞」となって以降
正直、低くなったと思うのですが
笠岡市の採った、ローカルな自治体があげるんだから
とにかく長く続けようや。
という意気に、あらためて賛同の意を表したいと思います。