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編集者が編集するのは本だけじゃない! ○○もだ!

ウェブも電子書籍もDVDもCDも編集しちゃうよでもいちばん仕事多いのはけっきょく紙

よ〜く考えよー。ラベルは大事だよー

出版(売るほう)


愛読する「WEB本の雑誌」連載
「帰ってきた炎の営業日誌」8月13日付エントリーから。
http://www.webdoku.jp/column/sugie/2009/08/14/184944.html

北与野の書楽を訪問したら担当のSさんから「エッセイの棚をどうしようかと思っているんですよ」と相談されたのには驚いた。なぜなら前日、松戸の良文堂書店のTさんからもまったく同じ相談を受けたからだ。

両者ともに「なんか各売場がいらないと言った本が集まる場所になっちゃっているんです」と仰るとおり、書店のエッセイ棚は、もはや何だかわからない棚になっているのが現状だ。
(中略)
書店の棚の「エッセイ」はどうしたらいいのだろうか。随分前に紀伊國屋書店新宿本店のKさんと話していたときは、いくつかのジャンルにさらに細分化した記憶がある。食とか旅とかだ。あるいはもうその逆に、どうせ検索機を叩いて本を探されるのであろうなら、<日本人が書いたもの>ぐらい大まかなジャンルにして、著者名五十音順に並べるのも手かもしれない。
エッセイ問題に関しては研究材料にするため各店の棚を見て回ることにしたが、Sさんには「エンタメ・ノンフ」の棚を作りましょうと提案してみた。果たしてどうなるか。

リアル書店が既に
「本屋さんに行き慣れた人たちのもの」になっている現状を思えば
この、現場の人たちのプチ苦悩は
若干、考えすぎな部分はある気がしますが < 冷淡か
新しい時代には新しいラベルを。
という発想は正しいですわね。

この件に関して個人的に思うのは、
昔ながらの「棚のラベル」は既に
棚の顔になっている、平台や面陳されている書籍が
その近辺の雰囲気の担い手に取って代わっており
それら日替わり/週代わりの・流動的な/固定されない
表紙なり著者名なりこそが
「棚のラベル」の役割を果たしているのが現状では。ということ。

それはそれとして、ちょっといいですか。
エンタメ・ノンフ
という、この「本の雑誌」が推しつつある名称が
どーにもこーにもイヤなのは、私だけですか。

エンターテイメントをエンタメというのも結構イタいんですが
ノンフィクションをノンフで止めるのは、これ、
気持ち悪くないかなあああ。
正直、流行って欲しくねーなー。
その気持ち悪さというか、
既成概念の“枠”を壊しちまえ、という乱暴な思いがなければ
新しいトコロには行けないんだよ、ということだとしても
……イ・ヤ・な・の。
俺だけ?