「うちらの世界」の閉塞感について
たいていの議題において
叩かれる側に憑依するプレイを愛好する私、という嗜好が
店長のこのエントリが置いて行った
議題における目印・のようなものに
素直に反応した理由かもしれません。
あと
・彼我の差はいつ、どこで生まれているのか
・というかその「差」ってそもそも何ですか
・その「差」の事実を受け入れたとして、今後どうするんですか
という問いは
10歳女児の親というポジションからは
「関係ねーし」では済まない、
という要素もある。
とか思っている矢先
このひきこもり女子さんエントリが
流れてきたので
これはもう完全に、
女子の男親
視点で読んでしまう
わけですな(=おっさん風味語尾
店長エントリにおける「うちら」、
ひ女子エントリにおける「低学歴の世界」、
これらの「中のひと」に
自分の子が
なるかもしれない、
と言うと
たぶん言い過ぎだし
正直、その仮定に現実味はあまりないんですけど
少なくとも想像のレベルでは
自分が
もしソッチだったら、は自在に思い浮かぶわけで
(無論「そんな甘いもんじゃないっすよ」なレベルで、ね)
その自分に
語ることばがあるとしたら何だろ。
と思いが浮遊した挙句に
考え至ったのが
ポリスの「孤独のメッセージ」という曲でした。
The Police - Message In A Bottle - YouTube
これ、一応は3部構成になっていまして
(1)
・無人島にひとりな俺、の物語
・助けてくれ、ってメッセージを書いて瓶に詰めて海に流す日々
(2)
・1年が経ちました
・希望は捨ててないけどツライっす
(3)
・朝、浜辺に出たら驚いた
・なんかすげー数の瓶が流れ着いてたんすけど
つまり、
Seems I'm not alone at being alone
ひとりでいると思ってたのは俺ひとりではなかった、
って気付いたわ
という視座の転換がキモチイイ歌詞を持つ曲であります。
「うちらの世界」に閉塞感を覚えているんだとしても
あ、それ、自分だけじゃないんだ。
という一瞬が訪れて
はじめてリセットが可能になるんだろう。
その意味で
本を読むこと
(=本が開いてくれる「この世界じゃない世界」に
没入すること)
が推奨されてきたのには
それだけの理由があるんだな、
「本」のところには
「音楽」でも
「ゲーム」でも
まあ、たぶん
当事者なりの何かが入るんであって。
って話を畳むと
結論がとってもショボく見えるのは
とくに気のせいではありませんです。
……まあ、とりあえず言えるのは
自分が「本」とか「音楽」に救われてきたから
自分の子には
そういう逃げ道あるよー
って言えるのはヨカッタ
ってことでしょうかね。