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編集者が編集するのは本だけじゃない! ○○もだ!

ウェブも電子書籍もDVDもCDも編集しちゃうよでもいちばん仕事多いのはけっきょく紙

愛馬に冠馬名をつけたい心理と共通するのかもしれん

出版(売るほう) 出版(買うほう)

流対協(出版流通対策協議会)の
Googleが商用目的で、著者や出版社に無断で書籍をスキャンする行為は日米の著作権法に違反している」
という発言に抱いた違和感と同じものが

自著を無断公開された著作権者2人がグーグルを刑事告訴
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20090903_312746.html

このニュースを見ると
むくむくわいてくる私です。

つまり、そもそも著作権といいますが
あなたの言論は
あなただけのものなのか?
という疑問。

永江朗氏の
「本は誰のものか」というコラムに対して
私は
本がみんなのものである、という主旨に反対はしないが
本を世に送り出すにあたって
最初にリスクテイクをした出版社への
一定の敬意と評価はしてあげたい、
という感想を持ったことと
首尾が一貫していないようでもありますが
http://d.hatena.ne.jp/lafs/20090826/p1

言論は、活字化された瞬間に
その内容も主張も
著作権者の「所有物」になる、という考え方自体が
僭越なのでは。

つまり、サラブレッドの馬名に
自分ちの商売の屋号や
オノレの名前の一部を付けたりする行為を
私は、はなはだ憎む者ですが
・そのサラブレッドに○億円を出して買ったのがあなただとしても
・その1頭を生むまでの「血のつながり」までもあなたは所有するわけではない
・即ち、あなたはサラブレッドの歴史に“参加している”だけに過ぎない
・愛馬にご自分のハンコを押すかのような命名をすることは
「歴史の重み」への不感症を告白するものであり
・歴史の一部を汚したメンバーとしてご自身を登録することでもある

Google和解案からの離脱を宣言した、70何社だかの
中小出版社の行為は
上記の馬主連と同じことで

・その書籍を刊行したのがあなた方だとしても
・その1冊を生むまでの「知のつながり」までもあなた方が所有しているわけではない
・即ち、あなた方は人類の言論史に“参加している”だけなんだから
・オレのものだから勝手にスキャンするな、ってそれは歴史への冒涜だろう

そして
グーグルを刑事告訴云々の記事の主人公の方々も
ご自身の「所有物」たる著作物が
インターネット網を通じて世に広がることは決してなく
人類の言論史には不参加、という今回の選択が
−私にはそれこそが僭越な行為に見える、と言いたいわけですが−
ステキなことだったかどうか
その結論を、そのうち目撃されるのだろうと思います。

原子力なんて発明されないほうがよかった。
……って言ったって、もう戻れないし。
というのと同様
インターネットによって開かれた世界は
既に不可逆だと私は考えているので
いまワーワー言っていることも
おそらくすぐに、
これからも続いていく、歴史の中に
織り込まれていくのではないか、
そう思います。