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編集者が編集するのは本だけじゃない! ○○もだ!

ウェブも電子書籍もDVDもCDも編集しちゃうよでもいちばん仕事多いのはけっきょく紙

500号よりスゴイこと

出版(売るほう)

RO創刊500号だそうで。おめでたいことです。

なにしろ14歳から10年弱、
毎号本誌を買うだけでなく
「RO Japan」「CUT」「H」「SIGHT」
すべて創刊号持ってます!
というぐらいなので
(桜丘にオフィスが移ったときの
 渋松対談とか懐かしいすな)
(仕事でそのオフィスへ行ったときは
 さすがに感慨深かった)

読者でなくなってからの人生のほうが
長くなってはいるものの
多感な時代についうっかり刻みこまれた、
渋谷陽一のことばとか決意とか
そんなようなものが
いまでもカラダのどこかに
染み込んでいることは
折に触れて自覚します。

出版状況クロニクル
渋谷(陽一、引用者注)はこの号にも再録されているが、78年9月号の「リニューアル宣言」で、はっきり書いている。
「書き出せばきりがないので結論的な事を言ってしまうと、メディアにかかわる人間の中で、巨大組織に所属している事に安住している者と、客観的な物の言いかたしかできない者は絶対許すまいという事。つまり受け手でもある自分を認識できない者は、メディアにかかわる資格はないという事である。(中略)メディアとはひとつのシステムなのだ。主役はメディア自身でも、そこに登場する有名人の何々でもなく、情報の流れ、つまり伝達、コミュニケーション、あるいは人間の持つ他者への基本的な意志そのものが主役なのである」
http://www.ronso.co.jp/netcontents/chronicle/chronicle.html

マガジン航
いまやリトルマガジンと呼ぶには巨大になりすぎた観もありますが、1972年に創刊された音楽雑誌の『ロッキング・オン』が、今年の10月号で創刊から通巻500号を迎えたとのこと。(略)大手出版社の雑誌が相次いで休刊したことで、昨年から今年にかけては「雑誌休刊」がさかんに話題となりましたが、「受け手が送り手でもある」というところからスタートしたリトルマガジンの世界にまで目を向けると、雑誌というメディアがいま直面している問題が、よりいっそう、はっきりと見えてくる気がします。
これらのリトルマガジンが切り開いた、「受け手が送り手である」ようなメディアの可能性は、インターネットによってむしろ拡大しています。
http://www.dotbook.jp/magazine-k/2009/11/05/chronicle/#more-1006

RO「500号」以上に
スゴいんじゃないか、と思うのは
あきらかに彼らがIT分野で立ち遅れているのに
(下手すると「紙の手触りにこだわりたい」
 とか言い出しそうで)
それが致命的な弱点になってはいない、
という点。


目黒孝二がIT活用に積極性を見せた
(現に「本の雑誌」ウェブは
 博報堂のテコ入れもあって
 版元有数の
 “ITくろうとっぽいウェブ”仕様ですわね、
 一見アナログな
 アピアランスを強調しているあたりとか)
ことと、

渋谷陽一のスタンスは
イメージ的には逆のような気がするわけですが
結果として
“受け手が送り手”マガジンの双璧
「Rockin' On」
本の雑誌」比較では
IT潮流にさほど積極的に乗ろうとしなかった前者のほうが
順調だという皮肉。


……ま、それを「皮肉」と見るのも
私自身が
出版というインフラが果たしてきた意義は
ITが取って代わるということを
疑わない立ち位置にいるからなのですが。
(蛇足ながら付け加えると、
 それでも出版のあれやこれやが好きなだけに
 「ピュアなIT屋」ではなく
 「出版業のしっぽを引きずったIT野郎」
 というところに自分を規程しています)

ええと、なんだっけ。

相次ぐリトルマガジンの休刊と
その一方でしたたかに繁栄するRO、
という文脈だけでは
「出版社にとって
 IT展望って実はむしろ無いほうがいいのでは」
という視点が抜けてませんか、
という指摘をしておきたかった……[1]

でも、現象はそうかもしれないけれど
まだ勝負付けは済んだわけじゃないよ。
「IT展望なんて無くてかまわん」
というのは
それこそ渋谷陽一ふうにいえば
マイナーコードの曲を奏でているようなもので
ポップカルチャーの王道を進むためには
ITでどう自分を改造していくか、に
自覚的でないとダメだと思う……[2]

ってなに俺のこのマッチポンプつーか、独り相撲。


[追記]
本の雑誌」と「ロッキングオン」対比を年表で追ってみた。

本の雑誌
1976年4月 「本の雑誌」創刊
1980年7月 株式会社化
1981年4月 初単行本、椎名誠「もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵」刊行
1982年2月 別冊「ブックカタログ1000」刊行
1984年7月 群ようこ「午前零時の玄米パン」刊行
1988年1月 椎名誠が「犬の系譜」(講談社)で吉川英治文学新人賞受賞
1988年5月 「本の雑誌」月刊化
1990年3月 椎名誠「アド・バード」(集英社)刊行、日本SF大賞受賞
1992年?月 笹塚移転
1993年1月 北上次郎が「冒険小説論」(早川書房)で日本推理作家協会評論賞受賞
1994年11月 中場利一岸和田少年愚連隊」刊行
2000年9月 サイトオープン
2004年4月 第1回本屋大賞開催(「博士の愛した数式」)
2009年3月 ドメイン切れ珍事態(webdokusho.com→webdoku.jp)

■株式会社ロッキングオン
1972年8月 渋谷陽一の個人事業として「ロッキング・オン」創刊
1977年9月 「ロッキング・オン」月刊化
1982年12月 株式会社化
1985年10月 「ロッキング・オン・ジャパン」創刊
1989年12月 「カット」創刊
1994年1月 「ブリッジ」創刊
1994年4月 「エイチ」創刊
1997年2月 「バズ」創刊
1997年5月 渋谷移転
1999年10月 「サイト」創刊
2000年8月 「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」開催
2001年4月 TV番組「SHOWBIZ COUNTDOWN」スタート
2003年12月 「カウントダウン・ジャパン03/04」開催
2006年12月 「カウントダウン・ジャパン06/07-WEST-」開催
2007年6月 現行サイトオープン

・ROは会社サイトからの転載
・記憶に新しい本の雑誌のドメイン切れ、気の毒でしたが笑いましたね
(ウェブ管理会社とクライアント間の
 責任分岐が不分明だった気配ありあり)
・並べてみての感想
 いまの私の個人的な興味が
 音楽にではなく、出版にある以上
 本の雑誌社のあれこれのほうに
 シンパシーを覚えるのも無理はない、
 と自分に言い聞かせながら
 年表をまとめていたわけですが
 「制作物の売り上げ」に依存する旧来型出版ではなく
 広告売上で大きな利幅を稼いでいく
 ビジネスモデルなこともあって
 字面だけではRO社の華々しさは伝わりづらい。

 ただ「直系の成功だけが成功」
 ということではない、とは
 ノーザンテーストの血が
 母系で生き続けていく事例から
 競馬ファンは学んでいるわけで(わかりづらい)
 仮に
 −仮に、ですよ−
 本の雑誌社が
 会社としてその役目を終えるときが
 来るとしても
 彼らのDNAを継ぐ書き手は残っていくのだろう、
 と思うと
 まあちょっとは
 心の慰めになるかな。