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編集者が編集するのは本だけじゃない! ○○もだ!

ウェブも電子書籍もDVDもCDも編集しちゃうよでもいちばん仕事多いのはけっきょく紙

不肖の弟子による壮大な復讐劇


山本夏彦のコラムを拾い読みしていたら
ずいぶん中村武志の肩を持つねー、という1篇が
目に留まりました。

その次の日ぐらいに、Q&Aサイトで
内田百間の文庫は旺文社版と福武版のどちらが手に入れやすいですか」
的な質問が上がっていて
お、セレンディピティー。
と思いながら回答していると
あることに思い至りました、それというのは!(←


さまざまな版元が刊行している内田百間作品、
ごくあたりまえに
「新かな新字」表記なんですね。


旺文社文庫版が市場から退場することになって
福武文庫版が刊行される際
編集方針を定めたのが、ほかでもない中村武志
「旧かなづかいに親しまない読者もいるので」
「亡き師の意志にそむくことは承知のうえで」
「あえて新かなづかい、漢字も新字体に統一した」
云々とたしか緒言にあったと記憶しています。


個人的にはとにかく
旺文社文庫版で育った百間読者なので
ご本尊が決して認めなかった新かな新字表記は
 邪 道 だ
と思うわけですけれど
しかしまあ、多勢に無勢といいますか
それもこれも、世の中の流れなことはわかっちょる。


師・内田百間に尽くして尽くしぬいた挙句
たまたま書いた自著がベストセラーになったら
先生にツンデレのデレ抜き、即ち
えらく冷たい仕打ちをうけて
それでも先生のことが好きで好きでたまらなかった、
それが中村武志というひとなのですが、


  山本夏彦いわく
  弟子の出世を寿ぐどころか
  嫉妬する百間先生、さすがにおとなげないにもほどが。


師が忌避し厭悪した
新かな新字表記による作品集のおかげで
新しい読者が
漢字仮名遣いに何の疑問も抱くことなく
日々増えていくというこの事態、
まさしく
不肖の弟子による復讐劇、ここに完結というべけんや。


……そういうわけで
中村武志に寄せる同情がなかなか
心中にわきおこりません問題。