33.淀の川舟
初出:1951年オール読物6月〜7月号
参照:朝日文庫版(8)(1981年11月、解説佐藤忠男)
時代設定:1865年11月
「こんど出来た四番隊の隊長で、庄田玄一郎さまという方」
(=人名は架空だが新撰組の組織再編は1865年4月)
「よく晴れた晩秋の空に銀砂を撒いたように星が一面なのである」
鞍馬天狗全47作のうち、全体に何の影響も無いような小品
……というと悪口めきますが
時代小説の教科書がもしあればお手本に載っていてもおかしくないような、
・季節感
・時代感
・キャラの立った登場人物
どの要素もおしつけがましくなく提示されています。
作者の人品骨柄がどんなものか、
シリーズ未読の人に初心者セットをおすすめするなら
私はこれ、入れますね。
時代小説において、それがどれぐらい異色なのか
気にしたことがないのですが
少なくとも鞍馬天狗シリーズでは、かなり頻繁に
夜空が描かれます。
鞍馬天狗が睨んでいた空に、星が一つ流れて空を飛ぶのが見えました。
「42.女郎蜘蛛」
茶畑と藪だ。その上に、山の影にかぎられて、水の滴り降りそうに星のきらめいている夜空が、大きくしんと拡がっているばかり。
「31.海道記」
「おや、姐さん」
と、船の者がおどろいたように、
「八軒屋まで乗ってらっしゃるのではないのですか」
「ちょっと、ここに寄って行く用があるのです」
と、お芳はごまかして、
「まあ、よく星が飛ぶこと」
鞍馬天狗は、その星の飛ぶ夜道を、ここから西国街道に出たのです。
「46.西海道中記」
夜の川は静かだった。よく晴れた晩秋の空に銀砂を撒いたように星が一面なのである。
「33.淀の川舟」
もちろん、主要登場人物である吉兵衛は“元盗賊”ですし
鞍馬天狗のそもそもの登場シーンも夜だったし
物語の設計上、夜の景色が多くなるのは必然ではあるのですが
登場人物がふと空を見上げ、彼らの目に星が映るシーンが少なくないのは
やはり、作者の実兄・野尻抱影の影響を見ていいのでしょう。
冥王星の名付け親としても知られる12歳年上の実兄の著書
「星と東方美術」あとがきで、
“何もかもこの兄の影響をひろく受けた”と書いています。
……ってこの視点、いま大仏次郎研究会のホームページ見てたら
MMこと村上光彦が先に紹介してまして
ちょっと落胆しているアカウントがこちらに(ry