2.銀煙管
初出:1924年ポケット
参照:朝日文庫版(1)(1981年12月、解説福島行一)
時代設定:1863年6月
「その後まもなく、西郷吉之助が国へ帰って月照と薩摩潟に投身した」
「近藤勇が入京したという噂がある」
「京の町の家々の甍を濡らしていた五月雨が、思いがけず今朝になってからりと晴れて」
鞍馬天狗シリーズの設定って漠然と
・幕末だから1868年を軸に何年かさかのぼったあたり?
・鞍馬天狗っていうぐらいだから京都が舞台?
・新撰組と戦うんだよね?
ぐらいの認識だと思うんですが実はこの鞍馬天狗シリーズ
パラレルワールド認識に立脚して複数の鞍馬天狗がいるんですよどうだい驚いたかい。
そのきっかけというか時空がねじれたホコロビのシーンがあるのが本作なんだよさあお立ち会い。
(作者は元来フランス文学の愛好家で)
(だから明治維新史についても21世紀の我々ほどの知識の持ち合わせ無く)
(試しに書いた「1.鬼面の老女」が好評だったから続きを、と言われて書いたのが本作で)
(だから時代考証なんて高尚なことはしてないんですこの時期)
(以上は長年の愛読者観点による弁護)
京の町の家々の甍を濡らしていた五月雨が、思いがけず今朝になってからりと晴れて、久方振りに明るい紺碧の空を仰いだ日のことであった。逢坂山の麓なる伏屋に住む宗房は、座敷までさし入った日影を見て、よみがえったような気がした。
どうもね、ここがクサい。
「よみがえったような気がした」。
日常系SF、つーか
いつの間にかパラレルワールドに入ってるシーンっぽくないですか?
その証拠に(証拠もあるんだよ)
「1.鬼面の老女」で設定したはずの年代が1862年、
上記“時空を跳んだ”直前にも
宗房が偶然なことで知己になった鞍馬天狗と名乗る奇怪な人物は、いつかの夜をともに鹿ケ谷の山荘で暮して次の朝飄然と袂を分って以来、なんの消息も聞かなくなった。
とあるので跳ぶ“前の世界”は「1.鬼面の老女」と地続きの
1862年または1863年であることがわかるのですが
(後で近藤勇の名前が出てくるので1863年だろうと推測できます)
跳んで入った“後の世界”は
その後まもなく、西郷吉之助が国へ帰って月照と薩摩潟に投身したという話を知って愕然とした。しかし西郷一人助かったと聞いてひそかに胸を撫でおろしたのである。
西郷隆盛が月照和尚と入水自殺を図る直前、つまり1858年です。
そしてさらにそのあと、宗房がまた“跳ぶ”シーンが来ます。
ずっと快晴続きの空が、ある夜にわかに曇って、明け方近くふと目を醒ましてみると、雨の音が枕に通って来た。しかも風さえ加わっている。(略)それからどのくらい時間がたったか知らぬが、誰か激しく庭の雨戸をたたいたので、床の上に起き上がった。
時代がまた1863年に戻ったと思われるのですが
この世界の鞍馬天狗は
われわれが知っている彼なら決して、決して
(だいじなことは二度言うとイイいってじっちゃんも言ってた)
覗かせないようなスキを見せます。
次の日の午後、宗房は約束どおり鞍馬天狗の家へ来てみた。案内を乞うと、昨夜の女が出て来た。昼寝でもしていたと見えて、着くずれのした、しどけない姿をしているのが、艶めかしく見えた。
「鞍馬氏はおいででござるか?」
「鞍馬氏?……」
女は不審な顔をした。
「あ、鞍さんですの、夕方帰るといってお出掛けでした。」
本人出てるわけじゃないっていうけどね
に、にせものだろこの鞍馬天狗!
つまり、こういうことです。
本作冒頭が1863年、
主人公、小野宗房がタイムワープする先は1858年。
そこから彼が戻って来た世界も1863年ではあるけれど
元の世界とは微妙に違っている。
そして、この“本当の鞍馬天狗ではない鞍馬天狗”が
「3.女郎蜘蛛」から「10.小鳥を飼う武士」まで活躍を続けるのです。
(「12.鞍馬天狗余燼」「13.剣侠閃光陣」もこの系統)
(あと「30.紅梅白梅」もたぶんこっち)
そう考えると
三田の薩摩藩邸焼き討ちの時期に
「9.御用盗異聞」の鞍馬天狗と
「35.一夜の出来事」の鞍馬天狗が
ふたりいるのも理解できます。
彰義隊のころの
「12.鞍馬天狗余燼」と「23.江戸の夕映」についても同様。
なああるほどねえええ ←