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9.御用盗異聞


初出:1925年ポケット
参照:朝日文庫版(2)(1981年12月、解説橋本治)
時代設定:1867年12月
 「年内といっても、師走も二十日を過ぎたいま」
 (「8.香りの秘密」からの連続性により1867年と推定)


幕府。えらい。
俺たち。しょぼい。
というマインドコントロールから脱け出すため
派遣社員を中心にしたDQN部隊を江戸に送り込む薩摩藩
辛抱していた幕府がついに怒って
拳を振り上げる瞬間が戦いのゴングの鳴る印です。

 次の瞬間に、浪右衛門は、庫裏の屋根の上に星空をかぶって、立っていた。
 「は、は、危ねえところだった。おい、お侍さん、文句があるんなら三田へ持って行かっしゃい。みんなあの屋敷で糸をひいてることだ」

こうした題材、ちょっと手垢がついた感もあるからか
さすがに最近はハヤりませんかね。

・事業主旨を知るのはひとにぎりの上層部で
派遣社員にはタスクだけが与えられる
・孫請け、ひ孫請けの中にはミッションに納得できない者もいて
・メンタルやられて離脱するメンバーも多数

という“御用盗サイド”の事情を描けば
幕末エピソードのなかでも、そこそこ現代性のあるネタにはなると思うんですが。
  ちなみに長谷川伸の「相楽総三とその同志」(1943)が
  プロジェクト終了後の派遣社員はいかにして捨てられるか。を追った
  リーマン諸子が涙なしに読めない悲しい傑作です。

あ、「御用盗異聞」の話だった。


プロジェクト遂行のためには犠牲が出るのもやむをえない、
という考え方の巻き添えを食うのは
たまたまその現場に居合わせるだけの
プロジェクト成否に利害のないひとたち、という構造は
古今通じて不変なので
御用盗云々でいちばん迷惑するのは江戸の住民ですね。

本作で作者はその代表として柳橋の芸者・お粂を選んでいます。

なにぶん小説テクニックも発達途上な新人作家の作品ですから
どこかで見た/聞いたことがあるようなニュアンスが
終始、キャラクターからついてはなれないのですが
それでも、ふとした文章に
光るものがあることを発見できたり。

 おしゃべりの婆さん芸者はにっこりして、
 「それァ商売にはなりません。……けれど、江戸前のすっきりした、あたしたちでさえ顫いつきたくなるほどきれいな姐さんで、気性もほんとにさっぱりした人なんです。いい男があるような噂もありますけれど、男嫌いで通っています……」

後年「37.雁のたより」のヒロイン
小吉として見事にリベンジを果たす作者の片鱗が見え……ますぅ?