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8.香りの秘密


初出:1924年ポケット
参照:朝日文庫版(1)(1981年12月、解説福島行一)
時代設定:1867年12月
 「京を出て約半月」
 「朝から曇ってはいたが冬のことで」
 (「7.鬘下地」「9.御用盗異聞」との連続性により1867年と推定)

 そのときである。なんともいえない芳い香いがどこからとなく漂って来て定助の鼻孔をかすめた。
 「おや!」
 定助は目をきょろきょろさせて、下の地面を見廻したが、その芳香の原因らしいものは見当らない。
 「妙だな!」

 入口の障子を開けた途端、なんとも言いようのない好い匂いがすーっと鼻をかすめた。
  「おや、どこだろう?」
 吉兵衛はこうつぶやいて、廊下の左右をうかがったが、匂いは自分の部屋の内から洩れて来るに相違なかった。
 「変だな? 亭主の奴留守の間に香でも火鉢にくべやがったかな?」

引用はいずれも本作「8.香匂の秘密」から。
30年後、同じ作家が「42.女郎蜘蛛」で香りを描写すると、
こんな感じになりました。

 「あの方さまならば、お香を聞いて悦んでくださるだろう。私のような町のおてんば者から、ほんの気持だけのご馳走にね」
 火入れの火を直して、灰を置き、雲母の薄板の銀葉を敷いてから、その道では四木の中に算えて尊重されている白菊という銘の香の細片を、その上に置いたのでした。銀葉を透かして熱を受けてくるにつれ、得も言われぬ好いかおりが立ってまいります。
 やがて、このとめきは、身分のあるらしい女性がいる庭の離れにも伝わって行くでしょう。

なーるほど、ピンポイントな“香りの描写”の
語彙や言い回しにバリエーションが増えること
=文章技術の向上、と思いがちですが
どちらかというと
“香り”を含んだシーンを描写する必然性が増す形で
進化するんですね作家って。


最初に引いた2ヵ所はいずれも
経皮摂取による殺人ガス! の
“なんともいえないいいにおい”なんですが
毒殺って、たいていは経口摂取によるもので
(あー「槍の穂先に猛毒が」パターンもありますね)
ヒエンソウとかニオイスミレあたりのにおいを嗅がせて殺害、って
歴史的にそういう事例はあるのでしょうか。


いや、とくに知りたいわけじゃないんですけど。
作者はこのころ17の筆名(!)を使い分けて
翻訳にいそしんでいたので
たぶん探せば元ネタありそうな気もしますが
そこは後日の宿題とさせていただきたく……。