編集者が編集するのは本だけじゃない! ○○もだ!

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1.鬼面の老女


初出:1924年ポケット
参照:朝日文庫版(1)(1981年12月、解説福島行一)
時代設定:1862年3月
 「戌三月」
 (幕末で十二支が戌の西暦は1862年)


中公文庫(時代小説英雄列伝)叢書の1冊として刊行されている
鞍馬天狗」は編者・縄田一男による長文解説も充実していますが
なにより鞍馬天狗シリーズのデビュー作である本作と
その元ネタである「夜の恐怖 金扇」を併載している点が
完全に俺得としか思えない内容で、すばらしいとしか言いようがありません。

大仏次郎鞍馬天狗を書くようになった経緯も同書におさめられた
随筆「鞍馬天狗と三十年」に詳しいですが、かんたんにいうと

・本買いすぎて貧乏なのに仕事やめちゃってニート化する俺
・しかも新婚
・ヤバし

でもまあ洋モノの小説翻訳の需要とかあるし
なんとかなるだろ。と油断してたら

・その雑誌が廃刊になるって編集長がお知らせに来ちゃった
・ヤバし(再)
・新しい雑誌向けに髷物とか書いたら見せて、って言われた
・うおー俺そんなの読んだことねー
・わかった洋モノの小説をパクればいいんじゃね


という経緯で
別のペンネームで翻訳したばっかりの
ジョージ・ウーリー・ゴフ「夜の恐怖」シリーズの1編
「金扇」っていう作品を参考に
ま、髷物ってこんな感じかな?
と書いたのが本作なのでした。

  「何誰(どなた)です?」
   急に男は、帽子を脱いだ。それから慇懃に。
  「夜の恐怖と申します」
  「夜の恐怖(テラア・バイ・ナイト)」
   私は暫く二の句が次げなかった。
      「夜の恐怖 金扇」

原題Terror By Nightは
シャーロック・ホームズの同名映画は
 「闇夜の恐怖」という訳出で定着しているみたいですが)
そう名乗っている謎の人物、という意味の固有名詞なんですね。
詩的でいい名前だと思うけど、ちょっと凝りすぎじゃないか。
そこはリメイク版のほうがいいよね。

  「なに、鞍馬天狗とは?」
  「拙者の異名でござる。本名はしばらくお預けおき願いたい。して其許は?」

私にとって「11.角兵衛獅子」が
初めての鞍馬天狗(キャ)だったのですが
その後しばらくしてから本作を読んだときの感想は

・なんで小野宗房が主人公なの
・そのわりにプロットはけっこう複雑なのね
・いわゆる「鞍馬天狗らしさ」が皆無なのは仕方ないんだろうね

というものだったのですが
なるほど元のプロットが存在するなら
2番目の疑問も氷解します。
1番目もか。
3番目は……まあ解決するもんではないね。

縄田一男いわく、「夜の恐怖」著者については
没年すらよくわかっておらず
「要するにイギリスで一時期読まれていた一流行作家にすぎない」。
しかし、その著者の作品から
「わが国の大衆文学史上不滅のヒーローの一人、鞍馬天狗が生まれた、とすれば、
 この見知らぬ異邦の作家に敬意を払わぬわけにはいかないだろう」

うん。完全同意。超RT。